fujico_19thlive_tei

場所はこちらを御参照下さい。

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飯田橋駅から

都営大江戸線・東京メトロ南北線・東京メトロ有楽町線【A4出口】A4出口を出てそのまま太い道路(目白通り)沿いにまっすぐ歩きます。サンクス、セブンイレブンを越え、10分ほど歩いた辺りにある歩道橋を通り過ぎると、右斜め後ろに入る太めの坂道(東京大神宮の石碑)があります。それを少し登った右側に、黒い看板でスペースウィズと出ています。

東京メトロ東西線【A5出口】A5出口を出て目の前にある信号を渡り、太い道路(目白通り)沿いに、左方向にまっすぐ歩きます。セブンイレブンを越え、10分ほど歩いた辺りにある歩道橋を通り過ぎると、右斜め後ろに入る太めの坂道(東京大神宮の石碑)があります。それを少し登った右側に、黒い看板でスペースウィズと出ています。

JR線【東口】東口改札を出て、目の前の太い道路(目白通り)を右方向にまっすぐ歩きます。サンクス、セブンイレブンを越え、10分ほど歩いた辺りにある歩道橋を通り過ぎると、右斜め後ろに入る太めの坂道(東京大神宮の石碑)があります。それを少し登った右側に、黒い看板でスペースウィズと出ています。

九段下駅から

都営新宿線・東京メトロ半蔵門線【3番出口】3番出口を出て、大きな交差点を飯田橋方向へ左折。目白通りをまっすぐ歩き、ロイヤルホスト、セブンイレブン、ホテルグランドパレスを越えた先の歩道橋の手前(東京大神宮の石碑)で、左斜めに入る坂道を少し登ると、右側に黒い看板でスペースウィズと出ています。

東京メトロ東西線【7番出口】7番出口を出て、そのまま太い道路(目白通り)をまっすぐ歩き、ホテルグランドパレスを越えた先の歩道橋の手前(東京大神宮の石碑)で、左斜めに入る坂道を少し登ると、右側に黒い看板でスペースウィズと出ています。


お代?勿論頂きません。あ、ドリンク1杯飲んで頂ければ幸い。

中途半端に10周年って事で作成したベスト盤(笑)と言う名の地雷を配布させて頂きます。



自分達が持って帰るのが嫌なので是非お持ち帰り下さい。

主にこのCDからライブで演奏させて頂きます。

「CD持って帰るかはライブ見てから決めます」って方は呪われます(主にリーダーに)。お早目にお手に取って下さい。

我々、フジコ・オーバードライブの出番は20:00頃から。

音楽を楽しまれたい方は、19:00から登場するBook Band 8%さんにご期待下さい。

我々は基本的に出オチです。

半分強歌うリーダー風邪引いてます咽喉が痛いです鼻声ですがトークは問題なさそうなので大丈夫です(何が?)。

当日のラインナップの一部を・・・・

・50歳からのバンド活動~今年50歳を迎えるベースの大先生による講演。余命70歳と言われる長老の「人生折り返し手前のバンド活動」他、「息子にうるさいと言われた時の家での練習方法」。

・家庭内格差を考える~リーダーによる「名ばかり世帯主のススメ」。妻とお寿司を食べる際はかっぱ巻きを中心に・・・・が夫婦円満の秘訣。新曲「ギミエフェ!!!」制作秘話を交えながら。

・「パクリ、ダメ、ゼッタイ」~グレーゾーンの作曲家、エクソビクス先生による「安全圏の佐村河内守としての生き方」をテーマに大いに語る。

・Not for me but for you~Takayuki先生による「割り勘負けしない庄屋の飲み方」講座。「取り分けはするな、自分の物だけ取れ!」をテーマに「気が利かないんだから仕方無いでしょう!」と言う生き方を考える。

では、宜しくお願いします。 


【4/23更新】

ドラムと言う楽器に興味を持ち、ドラム教室に通うに収まらず定期的に演奏出来る環境を求めていたTakayuki君に某バンドメンバー募集サイトで声を掛け、2005年8月27日に初顔合わせをし、バンド参加を依頼して快諾して貰ったのがその後の10年を超す黒歴史の始まりだとは、僕とベースの大先生、そしてTakayuki君自身もその時は気付いていなかったと思う。

思えば、技術向上を図るのであればコピーバンドに参加した方が良かった筈なのに、何故我々の様な「野心は皆無だがオリジナルをやる」バンドにTakayuki君が参加したのか不思議でならぬ。当時から「ナチュラル・ボーン・うっかり者」だったと言う事だろう・・・・うっかり体質は今もだが(悪化している)。 

布袋寅泰をこよなく愛し、紫色のParkerなる超軽量ギターを持つエクソビクス君(以下ビクシー)が加入したのは、それから1ヶ月に満たぬ9月19日。

出会いはTakayuki君と同じサイトだった。

最初は、生意気にも他のバンドへの加入が決まったとの事で生意気にも断られるも、そのバンドとはウマが合わなかったらしく当時名が無かったフジコ・オーバードライブへ来てくれたと記憶している(ギターが恥ずかしく先方から断られたとの説が有力)。

遅刻して来た上にParkerにDODにマルチエフェクターを経てマーシャルに接続し、いきなり大音量で弾き始めたに留まらず、僕とベースの大先生が慣れぬキーでコーラスしている様に爆笑していた彼に参加を要請したのは何故なのか・・・・。それが、どうしても思い出せないが、彼の参加で、黒歴史に拍車が掛ったのは、万人が認める所である。

それから、10年。

最年少20代後半だったビクシ君ですら精神の成長が無いまま40の声が聞こえ始める年齢となり、ベースの大先生は腰痛が悪化、 何気無く始めたBlogが思わず閲覧を伸ばし、期待(?)に応え様と機材を買いまくったリーダーはそれが原因で夫婦危機を迎え、Takayuki君はやっぱり卵が食べられない。

10年の間、順風満帆(と言うか、野望が無いので「希望は無風」なんだけど)と言う訳では無く、いい年して中病拗らせて辞めるとか言い出すリーダーが居るわバンド練習なのにギター忘れてケースだけ持って来るギタリストは居るわ「重くて嫌」とベースを持ってこないベーシストは居るはなんだかよく分からないドラマーは居るわ、恥ずかしいエピソードには事欠かない。

この10年、僕とベースの大先生に進歩は無かった(出来ない事は増えて来ましたっ)。「社会人の週末の余暇」とは言え、進歩無く10年続いちゃったのは、偏にTakayuki君とビクシ君の功罪・・・・じゃねぇ、功績でしょう。

「フジコってTakayuki君とビクシ君のバンドだよな」と、事ある毎にベースの大先生は言うが、まるっと同意。結局の所、Takayuki君とビクシ君の両名の「こんな事してみたい」「これが出来る様になったので試してみたい」がこの10年の原動力であったと思う。長老2名は、そのモチベーションは既に枯渇していた。

振り返ってみれば、Takayuki君とビクシ君のサポートに回る大人の対応をしておけば良かったかと思うも、凌ぎ合いも又原動力であったと言い訳してみるw。及ばざるが如しは考えぬに限る。

此処最近は、そんな血気盛んなTakayuki君とビクシ君にも老成感が漂い始め、積極的に「あれやりたい、これやりたい」が減少して来た。

一区切りついたのかな、と思う。

これから先は、「動力は慣性」と言うか、「勝手知ったる連中による作業」と言うか、よりお気楽なスタンスでの活動になるかと思いますが、年齢的にはその方が良いかとw。余暇感が加速すると思います。

今日のライブは、別に集大成の積りも無いしそれ以前に大成すべきものも無いのですが、10年の中でなんとなく演奏し続けて来た楽曲を披露させて頂き、10年録り溜めて来た楽曲のリミックスをパッケージしたCDを配布させて頂きます。

過去の楽曲に関しては、アレンジを施したい気持ち、録音し直したい気持ち、沸々と御座いますが、個人的には「区切り」の位置付けですので、まぁ、この程度で納められればと。

と言う訳で、本日は、宜しくお願いします。 

あーやべーMC考えて2時間しかねてねー。